2013年度春季地質調査研修実施報告

はじめに
標記の研修を2013年5月27日(月)〜5月31日(金)に実施した.今回の参加者は定員の6名(男性5名,女性1名)であった.その内訳は,地元(千葉県茂原市)の建設系コンサルタント会社(さく井所属)から土質改良出身の参加者が1名(男性)で,他の5名は,いずれも,石油・天然ガスの開発会社(探鉱所属)からの参加者で,地質出身が4名(女性1名),物探(地球物理)出身が1名であった.みなさん,入社2年目から5年目で,年齢的には25歳から29歳の若手技術者であった.講師は,産総研地圏資源環境研究部門客員研究員の徳橋秀一と産総研地質情報研究部門主任研究員の辻野 匠である.
 

5日間のスケジュール
各日の実施概要は次の通りである.
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5月27日(月) (曇り)
JR外房線君津駅に午前11時集合後,小糸川上流の清和県民の森に移動.山ヒル対策を実施したのち(第1図),清澄向斜南翼に位置し,清澄層下部の厚いタービダイト砂岩優勢互層が分布する林道沿いで,主な凝灰岩鍵層の観察,クリノメーターを使った層理面の走向・傾斜の測定法,クリノメーターを使ったルート図の描き方などの練習を行った後,ルートマップの作成作業を実施した(第2図).夜は清書などの整理作業を行った後(第3図),互いのルートマップを比較した(第4図).また,研修地域の地質や地層の特徴について,配布したテキストを使って復習と予習を実施した.

5月28日(火) (曇りときどき雨)
清澄背斜北翼に位置し,黒滝不整合発祥の地の小櫃川支流猪の川(通称“黒滝沢”)の黒滝で不整合の状況を観察するとともに,沢歩きになれながら,猪の川沿いに分布する安野層,清澄層,天津層それぞれの岩相の特徴や主な凝灰岩鍵層の確認(第5図),重要な断層についての確認と断層面の走向・傾斜の測定法の習得(第6図)などを行った.特に清澄層と天津層の境界付近では,前日の清和県民の森の林道(清澄層向斜南翼)で,清澄層下部の厚いタービダイト砂岩優勢互層中に上下に分散しながら挟まっていた凝灰岩鍵層が,清澄背斜北翼では,順序良く産出するものの間にタービダイト砂岩が全くなく,上下に密集して産出してその間の厚さが極端に薄くなっていること(地層の背斜軸への収れん現象)を確認した(第7図).夜は,講師の昔の野帳に書かれたルートマップなどを参照するとともに,テキストその他の資料を使いながら,こうしたルートマップづくりや凝灰岩鍵層を利用してこの地域で得られた研究成果について学習した.

5月29日(水) (曇りときどき雨)
猪の川沿いの安野層,清澄層,天津層の分布域のルート図を作成しながら,前日観察し確認したことがら(岩相,鍵層,断層など)を記載してルートマップを作成した(第8図,第9図).夜は清書作業や復習などを実施.

5月30日(木) (雨ときどき曇り)
この日は強い雨が断続的に降るという予報から,林道や遊歩道沿いでの作業に予定を変更した.午前は,清澄背斜軸部近くの南北両翼の天津層と清澄層境界部付近の地層・凝灰岩鍵層を観察するとともに(第10図),北翼の三石山林道沿いでは,猪の川沿いで観察した清澄層のHkタフ(Ky21)を詳しく観察.この後,三石山に行き,三石観音のご神体となっている三石(第11図)など,黒滝不整合直上の凝灰質砂礫層(黒滝層)を観察した.午後は,より新しい時代のより変形の少ない地層を対象に地層の見方を強化する観点から,養老川沿いで,上総層群の大田代層を中瀬遊歩道で,黄和田層を粟又の滝遊歩道で観察した.中瀬遊歩道では,弘文洞跡のところで,タービダイト砂岩表面をたわしでこすった上でバケツで水をかけるなどして,タービダイト砂岩層の堆積構造を浮き彫りにして詳しく観察するとともに(第12図,第13図),粟又の滝遊歩道では,一見泥岩層にみえる地層も詳しく観察するとタービダイト砂岩中の泥岩偽礫の密集体である例がたくさんあることを観察した.夜は,テキストなどを使って,研修地域の地質・地層の特徴とこれまでの研究成果について再度詳しく説明し,理解を深めるようにした.

5月31日(金) (晴れ)
まず,外縁隆起帯をなす嶺岡構造帯(嶺岡山地)を構成し蛇紋岩中に散在する代表的なブロック (層状石灰質チャートと枕状溶岩のブロック)を観察した.その後,東海岸の勝浦海中公園において,猪の川や三石山林道で観察した清澄層中部のHkタフを再度観察し(第14図),凝灰岩鍵層が広域的に連続するとともに前後の岩相が小櫃川流域とは変化していること(同時異相関係)を確認した.そして次に北隣のボラノ鼻に移り, 清澄層上部のタービダイト砂岩優勢互層を直接覆う黒滝不整合を観察し(第15図),猪の川沿いで観察した安野層が,ここでは全部浸食されて存在しなという不整合下での浸食現象を体験的に理解することができた.そしてボラの鼻からもどる途中では,それまで何度かみてきた清澄層上部のタービダイト砂岩層の直上にみられるタービダイト泥岩と非タービダイト泥岩の特徴の違いを識別できるように,観察力強化の訓練を行った.この後,勝浦海中公園の浜辺で,恒例の修了証書の授与を行い(第16図),午後4時前に外房線のJR茂原駅で解散した.
 

今回の研修の特徴
今回は研修3日目に関東地方が梅雨入りするなど,雨の影響で当初の予定を一部変更した.特に,研修の3日目がときどき雨,4日目が強い雨混じりの天気という予報が出たために,安全と作業内容を考慮して,例年2日目から3日間かけて行っていた猪の川沿いでのルートマップづくりを2日間で終えるようにやり方を一部変更した.代わりに, 雨の日でも実施可能な地層観察用の資料を事前に用意し,4日目は上総層群の代表的な地層を養老川の遊歩道沿いで観察するなど,地層の見方,観察法を充実する形で,雨による影響を最小限にとどめるようにした.
昨年は潮の引きがもうひとつ弱かった上に波が強くて,東海岸のボラの鼻先端の黒滝不整合を真正面から観察することができなかったが,今回は潮の引きもよく,先端部まで行って迫力があることで知られるボラの鼻の黒滝不整合をまじかに観察することができた.また4日目には,三石山山頂(三石観音)付近でも黒滝層を観察するなど,黒滝不整合前後の地層を3ヶ所で観察したことになる.
今回,3日目,4日目は,雨混じりのなかでの作業となったが,雨の中での作業も可能なように,傘と雨合羽を用意しておいたこともあり,それなりの作業を実施することができた.また幸い,風邪を引く人も怪我をする人もなく,無事終了することができた.
 

山ヒル対策
山ヒルの被害が少しあったので,ここで簡単に言及しておく.昔は清澄寺周辺にしかいなかったシカの分布域が周辺に広がるにつれ,山ヒルも房総のかなり広い範囲に生息するようになった.研修中の山ヒル対策としては,最近は,地元の看板などで推奨されている方法に習って,毎朝長靴とズボンの間をガムテープ(布テープ)でぐるぐるまきつけるとともに,山ヒルが付着しそうな場所での行動に気をつけ,その都度互いにチェックし,付着を発見した際には速やかに塩を振りかけて落とすことが定番となっている.山ヒルは,草むらや湿地のところに好んで潜んでいることから,川の中から林道に上がる際や林道脇で作業する際に長靴に付着しやすく,その都度よくチェックし付着していた際には塩を振りかけて落下させた.このように布テープと塩の準備が大切である.特に布テープによるぐるぐる巻きは,長ぐつの中への山ヒルの侵入防止のみならず,川歩きの際の水の混入防止にも役立つとともに,布テープ同士の継ぎ目のところに山ヒルが閉じ込められトラップされることも多いことから一石三鳥である.また,付着した山ヒルに塩を少し多めにかけるとナメクジと同じく急速に収縮して落下する.山ヒルは雨の日に特に活発化することもあって,今回は塩の出番が多かった.これまで被害者が出てもひとり程度であったが,今回は2人が山ヒルに1ヶ所ずつかまれた.ただ見つけるのが早かったためか,幸いあとに尾を引くことはなかった.このように,事前の準備と必要な注意をしていれば特に怖がることはないといえる.
 

おわりに
研修実施中は,参加者はルートマップづくりなどの作業に追われ,写真を撮っている時間がないことから,参加者への記録と復習になることを第一に,今回も講師が撮った写真をもとに研修中の出来事を日づけごとにパワーポイントにまとめ,それらに簡単な説明を加えた上で,研修の次の週末には参加者に届くように送った.研修参加者がこれらのファイルを参照して復習していただくならば,また会社での報告などの際に,適宜編集しながら活用していただければ,本研修への理解はさらに広まり深まることが期待される.

本研修実施にあたり,毎回のことながら,研修の主現場として利用させていただいた東京大学千葉演習林の関係者の方々をはじめ,関係機関・関係者の方々に厚くお礼を申し上げたい.今年は秋にも実施予定であり,関心のある方は是非参加を検討していただきたい.

(徳橋秀一・辻野 匠)

 

写真でみる2013年度春の地質調査研修(2013.5.27〜5.31に実施)の実施状況

第1図 山ヒル対策。長靴とズボンの間の隙間を布製のガムテームでぐるぐる巻きにする。 第2図 清和県民の森の林道沿いでのルートマップ作成。周りの地層は、清澄層下部の滝つぼタフ(Ky8)からバーミューダタフ(Ky7)の間のタービダイト砂岩優勢互層。
第3図 夜の清書作業。昼に鉛筆で書いたルートマップは、夜、極細のペンで清書するとともに、岩相をカラー鉛筆で色づけする。 第4図 清和県民の森の林道沿いで初日の午後作成したルートマップの比較図。ルートマップには、ルート図の他に、岩相の特徴、凝灰岩鍵層の分布、走向・傾斜なども記入されている。
第5図 安野層最下部の凝灰岩鍵層さかさタフ(An1)。確認した特徴的な凝灰岩鍵層には、見落とさないように、チョークで表札をつけていく。 第6図 断層の測定。変移量の大きい断層は、断層面の走向・傾斜を測定する。ここでは、南北性の高角断層によって、安野層の泥岩(左側)と清澄層のタービダイト砂岩優勢互層(右側)が接している。
第7図 猪の川沿いの清澄層と天津層境界付近における滝つぼタフ(Ky8)からバーミューダタフ(Ky7)の間。厚さと岩相に顕著な違いがあることが、第2図との比較で明らか(背斜軸へ向けた地層の収れん現象)。 第8図 猪の川沿いでのルートマップづくりは、黒滝不整合発祥の地の黒滝から開始。
第9図 猪の川沿いでのルートマップ作成の様子。ルート図をつくりながら、岩相、凝灰岩鍵層の位置、地層の走向・傾斜、断層などの情報を記入する。 第10図 片倉ダム近くの清澄背斜南翼の清澄層−天津層境界付近。ここでは、斜交層理の発達した滝つぼタフ(Ky8)の直上から、清澄層の厚いタービダイト砂岩優勢互層が発達している。
第11図 三石山の由来といわれる三つの巨石。三石観音のご神体であり、黒滝不整合直上の凝灰質砂礫層(黒滝層)から構成されている。 第12図 養老渓谷中瀬遊歩道の対岸にある弘文洞跡。崖の大部分は上総層群大田代層上部の泥岩優勢互層であるが、最下部にタービダイト砂岩優勢互層が一部顔を出す。
第13図 弘文洞跡の崖の最下部で、たわしやバケツを使いながらタービダイト砂岩の堆積構造を観察。堆積時の模様が浮かび上がってくる。 第14図 勝浦海中公園の浜辺でみられる清澄層中部のHkタフ(Ky21)。Hkタフの名前は神奈川県の逗子市の東小路に由来。陸上の分布域は東西約70Kmにおよび、その東端がここ勝浦海中公園である。
第15図 東海岸の勝浦ボラの鼻先端部の黒滝不整合。清澄層上部のタービダイト砂岩優勢互層を削り込んで、上総層群最下部の黒滝層が覆う。 第16図 勝浦海中公園をバックにした地質の調査研修修了証書受理後の記念写真。研修参加者には、この他に、技術者継続教育単位(CPD)40単位が与えられる。