◇各地の天然記念物◇
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日本全国天然記念物めぐり(京都府編)

京都府には国指定の天然記念物が4つある.

(1)稗田野の菫青石仮晶(1922年指定),亀岡市稗田野町桜天神(桜天満宮)境内

(2)郷村断層(1929年指定),京丹後市網野町,樋口断層,小池断層(郷小学校),生野内断層

(3)東山洪積世植物遺体包含層(1943年指定),京都市東山区今熊野南日吉町正法寺境内

(4)琴引浜(2007年指定),京丹後市網野町琴引浜

 前回の滋賀県編では,道路マップおよび地元の観光マップを頼りにめぐったが,今どきはやはり事前にネットで調べるのが常識と一部の読者から指摘されたため,簡単な下調べをネットで行なうことにした.前回同様,市民として物見遊山が基本である(10月の連休に取材).

 

稗田野の菫青石仮晶

 先ずは,「稗田野の菫青石仮晶」を目指した.菫青石や接触変成作用は著者の専門にも近いし,桜石自体も有名であるので大いに期待した.また,稗田野の町には「さくら石」というお菓子も販売しており(図1,残念ながら購入できず),テンションも自ずと上がる(この後,すぐに下がることになるが..).

図1)銘菓「さくら石」

ネットで調べると「亀岡市稗田野町桜天神(桜天満宮)境内」となっているが,石原(1992, 地質ニュース, 454, p.6-14「近畿地方の天然記念物」)では「亀岡市街西方,大谷タングステン鉱山南方の山林」となっていることが不安材料であったが,とりあえず桜天満宮を目指す.国道372号沿いに石碑(図2左)と標識が出ていたので,それに従い左手の側道に入る.側道から山手に登るのであろうと予想して気をつけていたが,なかなか入り口を見つけることが出来ず,結局,地元の方に教えて頂いた(図2右).いつものことながら,なぜ直前の標識がないのか不思議である.細い砂利道をしばらく行くと,突然整備された参道が現れ(図3左),古刹と呼ぶにふさわしいお寺(積善寺)に到着(図3右).

 

 

図2)(左)さくら天神の石碑と標識.ただし,標識には「積善寺(桜天満宮)」とあり,左の側道を行けとある.(右)側道沿いの桜天神(桜天満宮)および積善寺参拝道口.白いトラックの停めてある細い砂利道を登っていく.



 
 

図3)(左)積善寺参道.この左奥に桜天満宮がある.(左)積善寺山門.

 
 

図4)(左)桜天神(桜天満宮).(右)桜石と桜天満宮の碑文.

山門をくぐり,お寺の境内のすぐ左手に鳥居を発見.その前に天然記念物の存在を告げる碑があった(図4).境内をそれなりに探したが,露頭らしきものは真砂化した花崗岩だけであり,泥質接触変成岩の露頭はなかった.泥岩の転石がいくつかあったので観察したが,桜石は含まれていなかった.ここは「京都の自然二百選」,「亀岡の自然百選」に選ばれている(図4左)ため,「稗田野の菫青石仮晶」の所在地で間違いはないと思うが,石原(1992)の記述とは所在地が異なり,実際に桜石を含む接触変成岩の露頭は見当たらなかったし,天然記念物の石碑も認められなかった.碑文に「(前略)"桜石"は盗掘のため現在残り少なっているので,文化財保護のため丁重な見学を希望します.(後略)」とあるので,盗掘により露頭自体が消失してしまったのかもしれない.ご存知のように,天然記念物は文化財保護法(第196条 史跡名勝天然記念物の現状を変更し,又はその保存に影響を及ぼす行為をして,これを滅失し,き損し,又は衰亡するに至らしめた者は,五年以下の懲役若しくは禁錮又は三十万円以下の罰金に処する)により,その採集は禁止されている.稗田野の桜石に関して,情報をお持ちの方にご連絡いただければ幸いである.

 

 

東山洪積世植物遺体包含層

 次に「東山洪積世植物遺体包含層」を目指した.事前のGoogle検索では,なんと「じゃらんネットの旅行・観光:おでかけガイド」がトップヒットだった.マップも掲載されていた.今さらながらネットにおける情報量の多さに感心しつつ,セカンドヒットの「全国たび相談(全国地域観光情報センター)」に詳細なマップが掲載されていたので,念のために印刷しておいた.マップに従い現地に到着したが,その位置には正法寺というお寺があった.石原(1992)に境内とあったのでお邪魔し,境内を探したが見当たらず(結局20分くらい境内を含め周辺を探した),結局,お寺の方に伺いその所在を教えて頂いた.そこはお寺のプライベートな空間の奥にあり(図5左),観光客が気軽に見つけ出すということは不可能である.露頭自体は1×3メートル程度の大阪層群の泥層であり,保存条件は良好であった.天然記念物を示すものはひっそりとたたずむ記念碑(図5右)のみであり,説明文の掲示等はなかった.京都市内の住宅地で,このような露頭が存在し得るというのは,やはり天然記念物の威光というものを実感した.しかし,「東山洪積世植物遺体包含層」という名称は,いかがなものであろうか.洪積世と言われても,地質系大学の低学年でもいつの時代の地層なのか分かるのであろうか?(現在は,洪積世を更新世と習うはずだからである).植物遺体も生々しい.なお,文化財保護法第196条の2に「前項に規定する者が当該史跡名渉天然記念物の所有者であるときは,2年以下の懲役若しくは禁錮又は20万円以下の罰金若しくは科料に処する」とあるので,おそらく土地の所有者であろうお寺さんは,消極的か積極的か係わらず,保護の義務を負っているのであろう.

図5)(左)東山洪積世植物遺体包含層の露頭.(右)天然記念物碑.

 

郷村断層

 次に,京丹後市網野町の「郷村断層」を目指した(翌日).旧郷村内の3ヶ所が天然記念物として指定されている.ここは素晴らしかった.先ず,3ヶ所のうち2ヶ所(樋口断層,小池断層)で府道に大きな案内板が出ていた(図6左,図9左上)ので,迷うことなく現地に着けたのは嬉しかった.

 
 

図6)(左)郷村断層(樋口断層)の案内板.(右)樋口断層保存建屋.奥に駐車場あり.
樋口断層の保存建屋はまだ新しく,普通車5台程度の整備された駐車場が隣接していた(図6右).また,京丹後市教育委員会の説明碑(図7左)は詳細であるばかりでなく,QRコードが表示されており(図7右),コードリーダーで読むとネットにちゃんと繋がった.ネットでの情報はそれほど詳細なものではないが,結構楽しい.
 

 

 

図7)(左)京丹後市教育委員会の説明碑と天然記念物碑.説明碑の左下にQRコード(右)がある.
保存建屋には大きなガラス窓があり,中の様子を観察することができるようになっている(前日の雨のためか,ガラス窓が曇っていて,あまり観察できなかった)(図8).保存建屋内は,小さな断層崖が保存されているようである.扉には鍵がかかっており,通常は保存のため,建屋内には入れないようになっているのであろう.

図8)保存建屋内の様子.

小池断層は,変位地形が残されている(図9右上).右横ずれ変位の様子がよくわかり,素晴らしい.京丹後市教育委員会の説明文も詳細で,地震発生当時の写真も掲載されている(図9右下).

 

図9)(左上)郷村断層(小池断層)の案内板.すぐ後ろに郷小学校がある.(右上)断層による変位(右横ずれ)によって道路が食い違っている様子が観察で きる.断層位置に碑が建っている.(左下)京丹後市教育委員会の説明碑と天然記念物碑.(右下)説明碑のクローズアップ.

生野内断層は,府道からの案内板がないので,若干迷うが樋口断層の説明文に掲載されている地形図を参考にすれば辿着くことが出きる.車をおりて200メートルほど歩くと草に埋もれた標識があり(図10右,この標識の存在は帰りしな気がついた),生野内断層の保存建屋が見えてくる(図11左上).

 
 

図10)郷村断層(生野内断層)の所在を告げる標識(2ヶ所).

ここにも,京丹後市教育委員会の説明碑と天然記念物の石碑がある.他の2ヶ所にはなかった,「京都の自然二百選」の碑がなぜかここにある.保存建屋の扉には鍵はかかっておらず,中に入ることが出きる.中にはいくつかの掲示があり,生野内老人会による丁寧な説明文もあった(図11左下).このような掲示は,地元の方々が天然記念物を身近に感じていることの表れのように感じた.建屋内には断層変位を物語る断層崖が保存されていた.
 

 

 

図11)(左上)生野内断層の保存建屋.(右上)天然記念物碑と京丹後市教育委員会の説明文.京都の自然二百選の碑もある.(左下)建屋内の生野内老人会による説明文.(右下)建屋内に保存されている断層崖.

 

琴引浜

郷村断層の取材が効率的に終わったので,気を良くしながら琴引浜に向かった.琴引浜は2007年7月に指定されたばかりで,地元はこれを観光資源として活用しようと盛り上がっていた(図12).

図12)天然記念物指定を祝う横断幕.

琴引浜は,もともと鳴砂で有名である(図13左).一時期は海岸環境の悪化が言われていたが,地元住民らの努力により,琴引浜の鳴砂は清浄に保たれている.鳴砂は,石英の砂粒が充分洗浄され,表面の摩擦係数が極端に大きくなった結果として,外部から力を受けた時にスティックスリップを起こすことにより音が出るものであるらしい(琴引浜ガイドブック,京丹後市網野町).鳴砂の必要条件として,常時,流動的な砂浜海岸において,鳴砂の主成分となる石英砂が供給され,常時,微粒子等の付着が発生する砂浜海岸において砂を洗浄するシステムが機能していることが挙げられている(鳴砂の浜をまもる,(財)日本ナショナルトラスト,2006年).これにより,指定基準は「(9)風化及び侵蝕に関する現象」となっている.石英粒は高温型とされており,実体顕微鏡で観察すると確かにそろばん玉の形状を示したものが認められる.琴引浜の後背地には,白亜紀珪長質火成岩類として,矢田川層群や宮津花崗岩が分布しているので,高温石英は矢田川層群に由来するのであろう.なお,天然記念物に指定されたため,琴引浜の鳴砂採集すると罰せられる(先述,文化財保護法第196条)のでご注意あれ(図13右).

 
 

図13)(左)琴引浜.(右)鳴砂の採集を禁ずる掲示.

琴引浜から徒歩20分程度の所に「ヘリテイジセンター琴引浜鳴き砂文化館」があり,そこでは鳴砂に関する展示や鳴砂を通した環境保護の展示がなされており,大変参考になる.採集が禁じられた鳴砂は,この文化館のお土産としてちゃっかり販売している.

 今回の京都府の天然記念物は,亀岡市・京都市と京丹後市にあるため,2日かけてめぐることになった.保存状態の悪いものが散見される中,郷村断層のように地元の方々や教育委員会が保存と展示に力を入れているものを目の当たりにすると,安堵し嬉しくなるのは正直なところである.また,琴引浜は最近天然記念物に指定されたが,これも地元住民の継続的な努力の結果であり,どれほど地質学的な意義が認識されているかは不明であるが,市民と地質学のひとつの接点のあり方として,希望を感じた.